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家電・オーディオ話っぽいヤツ(その1) 

Barchetta氏が少し前に書いてて「オレも書きてー」とか思いつつも、GPLPsで必死になっていた良く練習する良い子のDFGさん。
次戦までインターバルが3週間あるので、ここぞとばかりに書く。

こういう話を書き出すと「機種そのものよりも思い出話の方が濃くなる」ので長くなる気がするのだが、まぁ自己満足でどんどん書こうw
所有してたオーディオ系、というか音の鳴る家電の記録&思い出っすね。
書いてて細かい年代が分からない・ズレてるハズ、だけど気にしない。
(出てくる画像は適当に拾ってきたモノばっかです)

あと「しょぼいものばっか買ってるな~」と思っても、口に出さないようにw


○家にあったラジカセ(物心ついてから小学校時代全般)
物心付いたときから家にあったラジカセがこれ

SONYのCF-1780、という機種らしい。1974年発売っぽい。
FM/MW(AM)/SW(短波)の3バンド。
んでも短波マニアなBCLな人にはならなかったな。
あとマイクミキシングが出来た。
確か、FMトランスミッター機能も付いてた。
皮っぽいビニールのキャリングケースも家にあった気がする。
左上の黄色い「LIGHT」ボタンを押すと、インジケーターとかチューニング窓にライトがついたりして綺麗だったのが印象的。

これで幼少の頃は童謡・みんなのうた系のカセットを聴いて、小学校低学年とかはアニメソングのカセットテープ聴いてたのかな。

小学校真ん中ぐらいになると、良くおっさん共が語るような
「TVの前にマイク立てて、”おかーちゃん声入るから黙ってて!”と言いながらラジカセの再生ボタンと録音ボタンをガチャコンと同時押し(当時はそうだったのよ)して、ザ・ベストテンの歌ってる所を録音する」
という行動を、マジでやってましたw

小学校高学年になると、これで深夜ラジオ聞き始めたりとか。
小学校~高校ぐらいまでは、深夜ラジオ全盛期だった気がする。

考えてみると小学校時代はずっとコレだな、昔のSONYは壊れなかったんだなw
オーディオ的なモノへの原体験ですね、ハイ。


○SONYのラジオキット(小学校5・6年生頃)
オーディオとは呼べないな、コレはw
小学○年生かコロコロコミックか学研の学習・科学かどれかで、
「SONYから小中学生向けのラジオ組み立てキットが出ます」
的な記事を確か読んで、なぜか猛烈に作ってみたくなった記憶が。
なぜだろう、それまでこういう系に特に興味あったわけではないのに。
あ「電子ブロック」は欲しかったな、買わなかったけど。

発売が1984年らしいので、小学校5年か6年っすね。
発売日に電器店を自転車で色々まわった記憶がある、しかし悲しいかな普通の店には無く。
その頃はエレホビーとか電子部品店ってなところなんて全く頭に無かったもんで。
んで結局、お得意様となっている近所の小さな電器屋さんに取り寄せて貰った。
audiotalk02.jpg
うー画像見つけただけで懐かしい。
こんなオシャレな箱だった記憶はないな、どっちかというと今の玄人志向の箱みたいにそっけなかった記憶があるんだけどなー。

「小中学生向けの学習キット」という位置づけで、組み立て説明書がものすごーく平易で分かりやすかった覚えが。
「ラジオの中身ってのはこういうものナノカ」とか「これが基盤というものナノカ」とか「コンデンサーってなんだ」とか色々興奮。
特に「初めてのハンダゴテ体験♪」ってのに興奮した覚えがw
ラジオ作る前になんか色々練習したなー。

完成するとこんな感じ。
audiotalk03.jpg
確か失敗せずに、一発で音は出たハズ(めっちゃ丁寧に作ったし)。
バーアンテナのチューニングとかはちょっと迷ったような覚えがないでもない。

同じ形で、色違い型番違いの完成品が商品として売られていたので、まぁ鳴って当たり前、というか市販品のクォリティで鳴るともいえる、しっかりしたキット。

んでも完成品はあんまり使いませんでしたね、乾電池駆動だし家では使わない。
釣りに行くときとか持って行ってたかな。
あ、少年野球のキャンプかなんかに持って行って、鶴光のオールナイトニッポンを聴いた記憶はありありとよみがえってくるw

あと、これを作ってから、
「おもちゃ・家電等を無性に分解してみたくなってしまう人」
になったかも知れない。
しかし、進んだ道は文系w
回路図とか分かるようになっていれば、ヘッドホンアンプとか作れるようになっていたのに!


○ラジカセ(中学校1年生)
本気で音楽を聴く気になって買った家電、となるとこれが最初かな。
中学校1年生のお正月(1986年1月)にお年玉で買ったから覚えている。
audiotalk04.jpg
SONYのCFS-W90、1985年発売らしい。

最初のラジカセはヴィンテージ系で画像があちこちにあったり、この後のバブルデッキ系も画像がネットで多く見つかる、というかしっかりした紹介サイトがあったりするんだけど、この時期のこういう系の画像がちょうど狭間でなかなか見つからなかった。
どっか探せばあるのかな、これは海外サイトでなんとか見つけた画像。

この頃のラジカセの定番、
 ・ダブルカセットデッキ
 ・倍速ダビング
 ・再生オートリバース
 ・5バンドグラフィックイコライザー
 ・TV音声チューナー付き(VHF/UHF)
などなど、今では全く聞かない、若者には「ナニソレ?」と一蹴されるような機能が満載w
このラジカセはトゥイーターも付いてたんかな、バブル期のラジカセに向けて着々と進化中、って感じが色々するなぁ。

とにかくこのラジカセで、ラジオ聴きまくり、友達から借りたテープ聴きまくり、ダビングしまくり、ダビングしたテープ聴きまくり、挙げ句の果てには夏休みのラジオ体操用にオレ様と共に狩り出されていったり、などなどで、かなり酷使した記憶が。


このラジカセを買った時に非常に記憶に残っているのが、同じ売り場で売っていたコレ。
audiotalk05.jpg
SONYのCDプレイヤー、D-50。
世界初のポータブルCDプレイヤーっすね。
発売時期的に、本当に見たのはこの次の機種D-50 mkⅡかもしれない(1985の12月版カタログに載っていた、というのをネットで見つけた。「Diskman」を名乗る最初の機種)。

レコードとは比べものにならないぐらい高速回転するCDの様子が外から見えて、一緒に買いに行った友達と、
「なんか凄いねー、これからはこのCDってのが主流になっていくのかな」
とかウブな事を言ってた記憶がw
というか大げさに言うと「何か未来的なものを感じた」んですね、マジで。

実際この1986年に、販売枚数ベースではCDがLPを追い抜くことになったらしい。
まぁでも周りはまだレコードかカセットテープばっかだった。


○ちょっと本格的オーディオ(中学三年生)
本格的なオーディオを買ってもらったのが中学三年生。
記憶では中学二年生のハズなんだけど、年代見るとどうしても三年生だな、うーむw
ここはやっぱ別エントリで書くことにしよう。
後ほどお楽しみに(誰も楽しみにしてませんw)。



えー、疲れて来たのでここで一旦終了。
続きはWebで!、ではなく明日に。ウォークマンとかそんなんを。
思い出話だけが、延々と続きますw

コメント

Σ( ゚Д゚) スッ、スゲー!!

まぁまぁなんて親近感。

その内ラジコンにはまり、技術家庭科で実習する前に125ccぐらいまでの2stエンジンを分解しては組めるようになっていたりする訳ですな。。

全く同世代ではありませんかw

高知の夏はもう終わってしまったのですね・・・。

>Evo氏
残念ながらラジコンにはハマらずに、中学生からは音楽どっぷり+バスフィッシング+ちょっとダケ鉄道模型w、という道を!
当然、その頃の男の子ですから、中嶋参戦と共にどっぷりF1ブームにw

とはいえ周りにはラジコン好きが多かったし自分も欲しかったので、タミヤ グラスホッパー・マイティフロッグ・ホーネット、京商 スコーピオン・トマホーク、ヨコモ ドッグファイター、マルイ ギャラクシー、あとサイドワインダーとかバイパーってなのもあったな、といった感じで「名前だけはスラスラ出てくる」状態ですw
全部2駆バギーな気がするな・・・
というわけで、タミヤのホットショット以降の4駆オフローダーの知識はない、程度ですw

なんつーか今のオタク文化とちょっと違って、この頃の子供の趣味は「ホビーと言えるモノ」ってなのが多かった感じがします。
大人の趣味文化がそのまま降りてきたというか。
現在が全てゲーム・マンガ・アニメ派生というと大雑把すぎるかも知れないけど、そういう面が多々ある気がして。

そういう「ホビーを楽しんだ」時期に育って良かったな、とかちょっと思ったり。


>LEVINCARS氏
「高知の夏」画像では、今年の夏を乗り切れる気がしない!
と、ちょっと思ってしまいまして変更です!
というか、LEVINCARS氏に向けての一発ネタでしかありません!

とはいえ「100人に聞きました」画像で夏を乗り切ろうとも思ってません。
こっちの方がちょっとだけGPLer向けかな、と思ってw

あ、お子様誕生おめでとうございます。
将来は
http://sowhat.s14.xrea.com/wangan_12_191.jpg
http://sowhat.s14.xrea.com/wangan_12_192.jpg
こういうコースまっしぐらに・・・

>「TVの前にマイク立てて、(中略)ザ・ベストテンの歌ってる所を録音する」
1時間番組が実質46分ということを学んだんですね、わかります。

>小学校高学年になると、これで深夜ラジオ聞き始めたりとか。
三宅裕二のヤングパラダイスですね、わかります。

ラジカセ歴が似てるなぁ

>一時間番組が~
あー、そういうのはきっちり学んだ記憶が!

>三宅祐二のヤングパラダイス~
残念ながら、こちら関西では独自の番組が隆盛でございましてですね、確か同時間帯は「MBS ヤングタウン」という番組を!

ヤンパラもなんとなく聞き覚えがあるな、と思い出すとえーと「ヒランヤ」とかが流行った気がするw

たしかに僕向けの一発ものというものだと思ってましたw

それと、北見さんの言う事は大体合っていると思われますw
すでに上の子は朝も昼も夜も車のことばかり考えているかもw

ということはですね、LEVIN氏の息子さんの中学生での進路は、
 ・無免でバイクをギッてきて乗り回す湾岸ミッドナイトコース
 ・無免でハチロクに乗せて山道を配達させる頭文字Dコース
と、二つあるわけですね。

確かLEVIN氏の近所かなんかに「藤原ぶどう店」がある、ってな話を聞いたので、そこの配達で息子さん雇ってもらえば頭文字Dコースは完璧じゃないでしょうかw

無免で運転、となるとシャコタン☆ブギのコマちゃんですが、鴨川シーワールドで働くコースを選ぶのも良いかも♪

ホットショットユーザーでした。
タムテックギアのホットショット欲しい・・

ヤンタン水曜日だけ聞いてました。
あのねのねの人と渡辺美里。ローカルやってなかったので、
わざわざ電波拾って聞いてましたw

あと「大橋照子のラジオはアメリカン」とか洋楽の
ベストテン番組を聴いてたな・・・
ラジオは親父の自作物でした(笑)

独り言です。レスはいいですw

んじゃオレ様も独り言でw

当時ホットショットを持っているのは
「お金持ちの子供」
という事で、庶民の我々からは敵視される対象でございました!
持ってるヤツは例外なくボールベアリングとか入れてたし!

ちょっと走行させて貰った事がありますが、本当に曲がりませんねアレw


渡辺美里さんがヤンタン始めたのは、まだMy Revolutionで売れる前で、番組のパーソナリティやってる途中の時期にめちゃめちゃ売れたんかな。
一気に有名になって「この人の歌がこんなに売れるなんて!」って物凄く驚いた覚えがあります。懐かしい。

無免からは、離れてくださいwww

今も幼稚園の短冊の願い事に
「くるまがぜんぶほしい」
と書くくらい車が好きみたいですw

レースシムも一人で走れるようになってきました。最近シフトアップでアクセルを抜くことを覚え、ちゃんとタイミングが合っているので怖いです。

「くるまがぜんぶほしい」、とはなんと贅沢な!
って主にどんな車に興味あるんですかね。
オレ様が幼稚園とかの頃は丁度スーパーカーブームだったり。
あと、その時期はなぜか「はたらく車」に興味があったりしますね。
ダンプカーとかタンクローリーとかユンボ(この響きが幼稚園ぐらいの頃は人気がなぜかあった気がする)とか。
まさか今から「れくさすがほしいー」とか言ってるのでは!

まーどーせ大きくなったらですね、Mixiの「お家へ帰れない車作り」コミュとか「赤色灯が嫌いor怖い」コミュとかに入っちゃうような方向性に・・・


>レースシムも一人で走れるようになってきました。
おお、凄いっすね。

いや待てよ、この間のGPLPs Monzaでオレ様の前を延々と走ってたLEVINCARS氏Eagleがですね、いつものあのコーナーで横向けてガーっと行く挙動ではなくて(1コーナーはそうでしたがw)、なんとなく落ち着いた走りでございましたですよ、ええ。

まさか、すでに息子さんが運転!
オレ様、いや全GPLerが、幼稚園児に負けてしまった疑惑が!

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